~たかはる人のお仕事事情~ 北原さん(音響エンジニア/一般社団法人 【地球のへそ】代表)

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関東出身である北原慎也さん。奥様が宮崎県日向市出身だったこともあり、
縁あって6年前に高原町へご家族で移住してきました。
音楽をたしなむご両親の元に育ち、自然と「音が好き」だという気持ちの沸いた慎也さんは音響設計を学ぶ大学へと進みます。そこで出会った奥様と結婚。
そして子供が出来たことをきっかけに、自分の暮らす環境について疑問が湧いてきたといいます…。
 
北原さん:子供が出来て、建築の仕事をしていた時に、現場でのゴミの多さとか東京での生活に子供を育てる環境では無い気がするなぁ…って。
 
―そのことは北原さんにとって、当たり前じゃなかったんですね。
 
北原さん:おかしいですよね、横浜出身なんでそういう生活が当たり前だったんですけど、やっぱり子供が出来たという事と、そこからの建築現場での衝撃が大きかったみたいで。
奥さんの実家の日向市にも何度か足を運んでいたので、やっぱ宮崎の方が良くね?って話になって。
いずれ移住するはするとして、その準備段階としてこれからの東京生活を進めようと、暫くはそのまま生活していました。2人目の子供が産まれたときには一ヶ月半の育休を取り、その間に移住に向けての準備を進めていたのですが、その育休明けに上司から今後研究開発の分野での仕事をやってもらいたいという話が来て…。
 
―それは音響設計を勉強していたからですよね、そもそも何故建築の仕事に?
 
北原さん:何か、かっこいいかなと思って(笑)
音楽やったりしてたらコンサートホールとか憧れるじゃないですか、なので設計とか出来たらいいなと…。やってみたいこと、やりたいんですよ(笑)
 
けどやめようと思ってる時に3年掛かる仕事を任されようという話が来たので、社長に正直な気持ちを話したら、他の違う部署を進められたんです。
そこは自分の好きなプログラム関係の部署だったし、その知識を身に着ければ移住後も仕事のつぶしが効くんじゃないかと思って。4年間というのを念頭にプログラムをひたすら勉強して、あえて誰もやらないような難しい仕事を選んでいき実力をつけていきました。
 
移住先も、最初は綾町が良さそうだと何度か通ってたんですけど、そこで泊まったペンションのオーナーに高原を勧められて…いざ来てみたらちょうど住む家もあって“なんかいいかも!”ていう直観でここに決めました。
 
嫁がずっと働きたいって言ってたし、僕は主夫やるつもりでいたんですが…。
いろんな経緯があって今も東京での仕事が引き続きありますし、高原での仕事もあったりで、けっこう忙しくなったりしてるんですよ。
移住者としては、仕事面で見れば理想的なパターン。仕事を持ってきて…
伏線はあったんですけど、こんなにうまくいくとは思っていなかったので。
いつも運の良さにつきます(笑)
 

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現在フリーランスの音響エンジニアであり、
一般社団法人 【地球のへそ】の代表でもある北原さん。
狭野地区に学童保育クラブ“さのっこひろば”を立ち上げました。
 

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北原さん:こっちに来る前から、地域の為になるようなことが出来たらいいよね…と
嫁と話していました。何をやるかは決めていなかったんですけど、ちょうど子供が小学生になった時に、この辺りに学童保育が無くて困ってしまって。
結局は遠方の所へ預けるしかなかったんですけど、色々と大変でした。周りの保護者もやっぱり同じように困っていたので、じゃあ作る?ってなって。
元々はボランティア感覚でやるっていうのがあったので、僕の仕事場をここ(学童)に移してやろうということで始めました。
 
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見つけた空家を学童の場に。ハンモックや手作りのボルダリング壁、ビリヤード台、外の広い敷地内
にはトランポリンまである…!楽しい雰囲気の学童クラブです。
 
北原さん:他に小水力発電に取り組む動きもあります。
高原に来てまず水の豊かさに驚いたのがきっかけです。
元々コミュニティ、小さい単位で自給自足するということ…
要は小さいコミュニティが独立して他のコミュニティと付き合う、みたいなのが幸せなんじゃね?ていう僕の構想があって。
ここでエネルギーの自給自足できそうだ!チャレンジしてみようと、色んな人に小水力発電したいよね~!って言っていたら、人との縁が広がっていって…。
今は何とか工事出来る状態まで来ているんですけどね。ゆくゆくは地元のエネルギーを賄うことが出来る仕組みになるようにしたいとは思っています。
 
―お話を聞いていると、どんどんやりたいことに挑戦されていますよね。
何か仕事に対しての態度…意識していることなどありますか?
 
北原さん:後ろは向かないんですよ。
過ぎ去ったことを後悔しない、しょうがないから。
お金に対しては帳簿つけたりして細かいんですけど、お金のための仕事はしない。
100万のつまらない仕事と、タダ働きの面白い仕事があれば、面白い方をします(笑)そしてやるまでは悩みますが、やると決めたらやる。
 
あとは元々仕事で航空騒音のシュミレーションをやっていたこともあって、シュミレーションを考えるのが得意なんですよ。なので、まず何かをやる時には最悪の状況を考える。思い浮かぶだけの最悪は最初に潰しておくんです(笑)
で、そこを想定した上でやってみる。
すると何かをやっても自分が考えた最悪よりはいいわけですよ。
ここを超えることは中々ない。

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あと僕、星空が好きなんですけど…。
星空を見てると、人間が生きてる一生って地球を一日だと考えると、
115959秒の最後の一秒しか生きていないわけですよ。人類始まってから()
その一秒の、小数点の中のこの考えって…すげー小っちゃいんじゃね?って。
だからそんなに悩む必要はないんじゃないかと思いますよね。
後向かない、新しい景色が見たいから、やりたいことやる。
 

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最近お琴を習い始めたという慎也さんを筆頭に、今は家族皆でお琴を習っているそうです。
これは都城市高崎での演奏会の風景。この感じ…いいですね~!
 
高原町で暮らしていて思う事、感じることなどありますか?
 
北原さん:高原町のすごいところは、まず人が温かい。
それと、景色が侵食されていない。
以前設計の勉強をした経験からちょっとした知識があるんですが、山のスカイライン(山と空の境目)が汚れていないんですよ。
多くのスカイラインは、山に高圧線、鉄塔が立ってます。
 
そして街並みにチェーン店がない。
外れまでいくとコンビニはあるんですが、メインの国道の所にチェーン店がない。
これがあると全国どこでも同じ景色・町になっちゃう、つまらない景色になりがちなんですけど、変な資本が入ってこなかったおかげで、そのまま残ってるんですよね。もちろん家が新しくなったとかはあるんですけど。
 
加えて灯りが少ないから星空がきれい!
でも両脇の町が日本一の星空に輝いているのに
高原町は自分達が日本一だとは特に主張しないという(笑)
その謙虚さというか…がつがつしてないですよね。
あと狭野地区にいるので神楽にも関わらせてもらってるんですが、そういう伝統も残っている。400年以上続く神楽が2つ(狭野・祓川)もあって、しかも外から来たよく分からないやつにやらせてくれるっていう(笑) 
本当に高原のこと、僕は大変気に入っています。
 
―これから移住してくる人達に対して…特にメッセージなどありませんか?
 
北原さん:あ、あるんですよ!
僕、次のステージへ進むために一緒に働いてくれる人を募集しています。
プログラム関係の仕事がしたい人とか、学童をやっているので、パートで午後の数時間働いてくれる人とか…。
経済をうまく循環させて雇用を増やしたいという目標もあるし、自分の利益を貯めても面白くないので、利益が残らないようにしたいと思ってるんですね。
残るのはギリギリ生活出来る範囲でいいんです。
人を雇うことで自分の仕事を手伝ってもらって、自分の時間を増やして
新しいことに色々チャレンジしていきたいと思ってるんです。
あまり給料が高くなくて良ければ…(笑)僕と一緒に仕事しませんか?
 

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北原さん、ありがとうございました。

 
初めて学童の場でお会いした時の風景が思い出されます。
外にあるトランポリンで子供達と一緒になってポンポン飛んでいる北原さん。
その最中に満面の笑みで「どうもこんにちは~!!」と降りてきて下さって…
その少年のような清々しさが印象的でした。
 
今回お話を聞いていく中で「“音”が好きって、どういう感情ですか?」と質問をしたところ、そこから話が広がり…音についての講義を受ける流れになった一幕も()そんな風にひとつの話から次々と話が広がってしまう状況に
「すみません、薄々こうなるだろうとは分かってたんですけど…」と苦笑い。
いえいえ、いいんです。全てにしっかりと自分の考える道筋があって、それに沿った知識や素直な言葉がどんどん溢れ出てきてしまう様子に、とても正直な方なんだなぁと感じました。
面白いと思うこと、様々なことにチャレンジしている北原さん。
これからもきっと新しい景色を見続けていかれることでしょうね…!
  
 

~たかはる人のお仕事事情~ 前原さん(洋菓子工房プチパリ 工場長)

 

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高原町蒲牟田地区に一家4人で暮らす前原 宏美さん。
実はご近所さんなんですが「須木のお菓子屋さんで仕事をしている」と聞いていて
気になっていたのです。
高原町から近隣の町まで通勤しお仕事されている方も結構おられる中、須木と言えば小林市のまだ先にある山奥の方。そこで営むお菓子屋さんに毎日片道40分程かけて通勤しているそうですが、「もうドライブ感覚で楽しんでますけどね~」と明るい笑顔。実は前原さん自身が元々須木出身で、このお店もご両親が始められたお菓子屋さんだということでした。

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須木小学校の近く。道沿いにある可愛らしい手作りの看板が目印。

 

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敷地内には栗の木がたくさん!栄養になるからと、根元に集められた栗の皮達が可愛い…。

 

―お店はどのように始まったのですか?
 
前原さん: 元々は父が大阪でたこ焼き、神戸でクレープワッフルの修行を終えて、こっちに帰って来て始めたんです。たこ焼きをやる人は結構多かったんですが、クレープワッフルはまだ珍しかったんですよね。父と母がクレープワッフルの実演販売であちこち回っていて…主に九州、四国辺りまで行っていました。デパートやらイベントやら入ったりして、当時高校生だったから手伝いに行くじゃないですか。
そうしたら面白そうだな~という気持ちが自然と湧いてきて…
 
―須木に暮らしながらお手伝いで色んな所へ行って…高校生だし楽しかったでしょうね。
 
前原さん:そうですね。そこから専門学校で調理師の免許を取って、結婚式場で働いていたんですけど、結婚と出産を得て実家へ戻ったのをきっかけに、子育てしながらここで仕事をするようになりました。それが10年位前ですね。
親も歳ですし、出店が多い時期は朝早かったり、帰りは夜遅かったりで体調を崩しがちなんですけど…、でも見ていて何か楽しそうなんですよ。
この仕事が好きなんでしょうね。
 

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親子2ショット。お父様は河野フーズ社長、河野 泰雄さん。

 

―販売の割合としてはどんな感じですか?
 
前原さん:催事が5~6割、卸しが2割、あとは委託、販売…という感じですね。
クッキーやシフォンは他県に卸して販売しています。父の代は催事が主でしたが、少しずつ販路も拡がってきています。
楽しいので続けられています、貧乏ですけどね(笑)
 
―楽しさが原動力なんですね。
 
前原さん:です(笑) したいようにやらせてもらえる環境もありますからね。例えばお菓子屋さんなのに、激辛クッキーを作ったり。そしたら結構面白がられて…お客さんには「なんでお菓子屋さんなのに、こんなの作ってんのよ」って言われたりするんですけど、「面白いでしょ」って(笑)

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《おつまみ焼き菓子 鬼のだれやめ》(※注意書きがある位、激辛…汗)
宏美さん曰く 「最初はクッキー、あとが超カライ()」 コレ、いたずらに使えそう…。
 
前原さん:このあたりの親世代の人達は皆、口をそろえて「仕事がないから子供達が帰ってこない」っていうんですけど…。自分でつくればいいじゃん!って思っていて。
何でも仕事にはなると思うんですよ。ここだったら栗でも生活できると思うし…
売れますからね、仕事はキツイけど。
あとはそれを楽しいと思えるかどうか…
 
私自身、仕事は楽しいです。
自分で作ったものを人に喜んでもらえた時が一番うれしいですよね。
今年は試作を重ねて米粉のクッキーとマロンシュトーレンを作りました。
ひとりでは出来ないことも、皆でやれば何とかなりますから。
皆で特産物を盛り上げようと頑張っています。

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―それはまた、これから楽しみですね。
仕事を楽しむこと、あと人とのつながりも大事…。
 
前原さん:田舎はそれが一番だと思いますよ。つながりが財産です。
あとはドカンと構えとけば、何とかなる!(笑)
高原も自然がいっぱいで人もいいし、環境に恵まれているな~と思います。
場所も丁度いいですしね。楽しんで、好きなことを見つけて生活できれば…
いいですよね。

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前原さん、ありがとうございました。
 
高原町は子育てしやすく、暮らしやすいという前原さん。
須木地区について「何にもないですけどね~」とは言いつつも…
暑い日は大人も子どもも川遊び、夏は最高の場所ですよ~!と、イキイキとした表情で語ってくれました。
あるカメラマンが水源地で拾ってきたという綺麗な水晶を見せてもらったり、
山の上で民泊を始めた面白いおじさんの話を聞いたり…と、須木の山奥にも未知の魅力が潜んでいる予感。
 
プチパリのお店も、元々店舗を構えていなかったのを「3年前、勝手に作りました」と実家の一部屋を利用して作られたそうです。
「お客さんに“こんなとこでお店したって…” て言われるんですけど
“面白いでしょ?”って()」
 
素直に面白いと思ったことを表現して、日々楽しみながら生活している…
そんな様子はまさに楽しんだもの勝ち!といった感じ。
自然体でステキだなぁと思いました。

 

 

 

 

井ノ上工房

 

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狭野神社の脇にある道沿いを行く途中、ふと目に入る手作りの看板。手前にあるご自宅の奥を進んで行くと、家具製作の工場、ギャラリーがありました。
 

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“ぎゃらりい”の中へ入ると、ふわぁ~っと、いい香り~!!
すぅーっと深呼吸したくなるような…木のアロマ、それぞれの香りが漂います。
 
「お客さんにも香りの事言われるんだけどね~、僕はもう慣れすぎてよく分らんのですよ」と笑う、ここの店主・家具職人の井ノ上 弘海(ヒロミ)さん。
 
元々狭野出身である弘海さんは、家具職人としての経験を重ねたのち平成元年に狭野でこの工房を立ち上げ、現在は奥様の由起子さんと一緒に日々家具作りに勤しんでいらっしゃるそうです。
 
 ―家具の仕事、何年くらい続けてらっしゃるんでしょうか?
 
 弘海さん:この仕事はもう…45年位かな。こういう場所でやっているから狭野神社や温泉へ来た人が見に来てくれたり、宮崎から来る人が多いですね。
リピーターもいるし、鹿児島や熊本の方も時々ね。まぁネット販売とかはしないので広がりは…だけど一人で出来る分しかできないからね、楽しめる範囲がいいんですよ。 
 
―材料はどうされているのですか?
 
 弘海さん:木は主に硬い木、広葉樹は都城市の材木屋さんで仕入れています。家具として日常的に使う際にエアコンやストーブなんかの影響も受けますから、しっかりと乾燥させた木材であることが一番ですね。
もちろんメンテナンスもします。家具の横でストーブ焚いたりなんかして、大変なことになったこともありますし(笑)
木は、生きていますからね。
ムチャなことしたらバリっと割れたりもするし。
 
―いきものとして付き合っていく感覚でしょうか、いいですね。愛着も沸きそう…
そんな手作り家具の魅力を伝えるとしたら、何でしょうか?
 
弘海さん:家具は部屋に置くだけで癒しになる…というかね。
ひとつひとつが、木目も違うし、桜の木なんかの特徴でいうと虎模様が入るんです。見る方向でいろんな変化が出る良さもあるし、何より自然のものですからね。そういうところに、木目のシートを貼ったような家具にはない良さがあるのかな…と。
由起子さん:来た人が言うもんね、“やっぱり木はいいね~”って。
 
―そうですね。大量生産のものとはまた違った、一点ものの魅力がありますよね。
 
弘海さん:木の家具は、傷が入っても削ったりすればまた元通りになるんですよ。
だから何十年も使える。長い目で見たらエコなのかな、と(笑)
そして(人に)もらってもらえるような家具じゃないと…いい家具は誰かがもらってくれますから。そんな風に後々のことまで考えて買ってくれるお客さんもいて。
 

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弘海さん:狭野神社の神様の道具も、木製のものは殆ど作っていますよ。
最近は石灯篭の小さな窓を全部変えました。
 
―えー、すごいですね!神様の場所のお手入れ…
弘海さん:いえいえ、知り合いですからね。木で作るものは何でも、作りますよ。
 
―やっぱり好きなんですね、作ることが。
弘海さん:仕事だからですね。
由起子さん:頼まれたら嫌とは言えないんですよ(笑)
 

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工場内の壁にずらりと並ぶ道具の数々。右は今頼まれて作っているという猫のツリーハウス!
 
―最後に…この地域のご出身だということですが、たかはるの魅力や感じることなどありませんか?
 
弘海さん:狭野に住んでますが…段々と若い人が減っていますからね~。
自分が若い頃に比べると時代も変わっていくのを感じます。
若い人達の雰囲気も変わってきているしね。
郷土芸能や祭りもあるし…実際住み始めてみると難しい面もあるとは思いますけど、地域としては移住者や若い人達が一人でも来てくれるといいですよね、本当に。少しでも地域が明るくなれば…。
 
―移住者としても、受け入れてくれる人がいるだけでありがたいというか…温かい人も多くて良かったです。自然環境もいいですしね、なるだけ自然に近しい場所で子育てしたいな~と思っていたので。
 
由起子さん:うん、それはありますよね。神社も温泉も近いしね、空も広いし(笑)
弘海さん:霧島連山のすごい景色とかね…高原町が一番きれいに見えるから。
人の少なくなっていく寂しさもあるんですよね。だけど最近近所で子供の声がやっと、何年かぶりに聞こえるようになってね~。うれしいですよ、やっぱり。
 

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弘海さん、由起子さん、ありがとうございました。
 
実は今回突然お店へお邪魔したのですが、入るとすぐ「あ、どうぞどうぞ~。よかったら見てみて下さい」と案内して下さり…自然体でとっても気さくなご夫婦でした。
ぎゃらりい内に並ぶ家具たちは、シンプルで優しい表情。丁寧に作られているのが伝わります。こういうのが欲しい…など希望に応じてオーダーメイドも受け付けているそうです。
 
「インターネット販売はしないんです、直にみて触れてみてから購入してほしい」
という弘海さん。手をかけ時間をかけて丁寧に作った“生きた家具”だからこそ、その行く先まで想いを込めて作られています。直に触れてみてから決めてほしいというのも、作り手としてはごく自然な気持ちの表れ。ネットで写真を見ただけでは分からない、実際に触れた感じや木の香り、その存在感をまるごと確かめてから決めてほしい…。
 
今でこそ何でも安く簡単に手に入るようになりましたが、それはどうしてなのか?
どんな方法で安く作られているのだろう。私も“手頃なものがいい”と思ってモノを買うことが多いですが、その向こう側の景色まで見えてくると、少しずつ手にするものが変わってくるのかな…と、モノの見方についてふと考えさせられました。
 
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えがおリレーvo.2 瀬戸山裕子さん

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たかはるで日々暮らしをいとなむ人々。
その人生やありのままの姿をリレー形式で伝えていきます。
今回は第2回目、瀬戸山 裕子さんです。
 
高原町でコンクリートブロックの製造を行う【瀬戸山ブロック】
広い敷地内には沢山のブロックが積まれ、大きなトラックが行き交います。

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普段こちらの事務所でお手伝いされているという裕子さんは、高原で生まれ育ち、この地が大好きだと言います。「足を運んで感じてほしいものはいっぱいあるんですよ~」と高原の魅力をはじめ、子育てのことなど…いろんなお話を朗らかに話して下さいました。 

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向かって左が事務員の方、右が裕子さん。

 
裕子さん:ここに嫁いでから毎年三社参りするんですよ。
霞神社、霧島東神社、狭野神社と家族二世帯皆で行き、一年が始まります。
社長は毎月一日に霞神社へ参っていて…。
そういう、神社へ行くことも自分の中で気持ちがいいですよね、邪気が払えるというか(笑)水もお米も美味しいし…夏は子供達を川遊びに連れていきます。湧水や新緑が気持ちよくて…。狭野(ご実家)に帰った時は、まず温泉に入って、あ~いいな~と。
小さい頃はお風呂にポンと入れる入浴剤に憧れもありましたけどね、ないものねだりで。けれど外にでると気づくんですよね。霧島の景色だとか地鶏だとか…同級生も皆帰ってきたら、まずはバーベキューですもんね(笑)
 
―うん、いいですよね。シンプルな環境の方が、生きることの豊かさを感じられるから…何もないって言うけど、そこに全てがあるってことを感じるというか。実際住んでいる方からそんな風に魅力を聞けると私も嬉しくなります。
 
裕子さん:私はずっと高原にいるので、逆に気付かないこともあると思うんですが…。今日も本当は、うちの母を紹介したいくらいです(笑)すっごく元気がよくて。(※旦那様のお母様。ちょうど北海道へ旅行中…)私は母に支えられています、本当に。核家族が多い中ですけど、私は母の存在がありがたくて…何しろ4人子供がいますので、母無しでは無理です。
 

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お子さんは上から、中3(男)中1(男)小5(男)4才(女)の4人。賑やかな家族です。
 

子供は外へ出したほうがいい、一人では育てられない。

 

裕子さん:上の男の子たちは本当に野球チームで育ててもらって。監督がお父さん、みたいな。怒るとこは怒っていただいたりして、すごくありがたいです。
 親御さんが忙しくて…とかで部活に所属していない子も多いですけど、逆ですよね。入れてもらったほうが、ゲームに夢中になったりもしないし。出来ることは皆でしますよ、ていう環境ができているので。横の連携じゃないですけどラインでお互い連絡し合って「送り迎えするよ~」だとか…。なので安心して預けて欲しいんです。
 
親も子どもを通して横の広がりが出来ますしね。(子供に対しての)気持ちだけは持って。逆に気持ちが強くなりますから。子どもがゲームばかりしていると、怒ってばっかりになりますよ~本当。
それよりスポーツをさせたら体力もつくし、自然いっぱいだし、サッカー場もいいのがあるし、武道もあるし、特に野球も(笑)いい監督にも恵まれていますのでね。
外に出してあげると子育てしやすいと思いますよ。
 
野球チームを通して“育ててもらっている”という感謝の気持ちが強いという裕子さ
ん。子供達がスポーツを通して切磋琢磨する姿に、親としても学ぶことや得るものが大きいと言います。
 
裕子さん:うちの子ども達は、本当に強くしてもらいました。技術やセンスはないんですけどね(笑) “気持ちだけは負けない”というか。チームでも誰かが守りに徹さないといけない、一番いいポジションをもらっているんだよって子ども達に言っています。
ピッチャー、キャッチャーだけでは成り立たない。社会でも一緒ですよね。悔し涙も経験ですから。さぁどうする?ってなった時に自分で解決しないといけないので、そういうキッカケにもなるし、学校とはまた違った学びがありますよね。
 

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弱さを出し切ってこそ、強くなれる

 
裕子さん:ゆっくり子育てって、理想の育て方としてありますけど、やっぱり出来ないんですよね。仕事や忙しさの中で…なのでなんかしたいなと思って。
朝、小学校へ読み聞かせに行くんですが、絵本だからこそ伝えられえることもあるし、学校の空気を感じることも出来るのでいいですね。
そこにご高齢の方も来られるんですけど…きれいですよ。容姿どうこうではなくて、志しているものがきれいなんですよね。我が子のように来てくださって、私に本の選び方まで教えて下さる。「今日は○○ちゃんが元気でよかった、私も元気もらったわ~」といって帰られて…。
そこに何を求めるでもなく、そういう関わり方なんですよね。

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最初の子は完ぺきに育てようとして、本当に毎日泣いてました。
うまくできない~、立派なお嫁さんでいたい…と頑張っていたけど、無理でした(笑)それを受け止めてくれる人、環境があったから…ありがたいことですよね。
 
母に相談するといつも「あー、そんなことあるよね。大丈夫だから」って言って下さって。
やっぱり弱い所を見せて、初めて伝わることもあるんだなということが分かって。
泣いて伝わったり…そういう自分をさらけ出す強さがあって、今があるんですよね。弱い所を出し切れて、強くなるんです。
最初から皆強がっていると、お互いにカチカチ当たっちゃうのでね。
色んな方の話を聞いて、そこで打ち明け合って…本当は言いたくないところも言う勇気をもって吐き出すと、そこから打ち解け合える。ほんっと、きれいには生きていけません、皆さん(笑)
 
どんどんオープンに、外に出て…
弱さをさらけ出すのも最初は勇気がいりますけどね。
 
私なんかは、ひたすらがむしゃらですけど(笑)それが好きなんです。
人生いつも順風満帆だと怖いんです、登り坂のほうが自分自身、いいんですよね。いっーぱい、泣いて笑って…それが生きてる証拠ですからねっ(笑)

 

 

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裕子さん、ありがとうございました。
 
明るい笑顔を絶やさない、まさに太陽のような方。
この記事に載せきらない程いろんなお話があったのですが…一貫して感じるのは “感謝している”というご本人の気持ちが、いつも根底にあるということ。
日々の生活において、ちゃんと周りに感謝できるということが、生きるエネルギーの源になって、毎日をしあわせに楽しく暮らせているんだろうなぁ…と。
柔らかい笑顔で笑う裕子さんの周りでは、家族や子供のこと、人とのつながり…とてもいい具合に物事が巡っているようです。
 
人との関わり方って、本当にそれぞれ。
面倒くさい時は“関わらない” それも楽かもしれません。
けれどそこで、あえて関わってみる。そこから見えてくるもの、問題に向き合いながらその先を進んで行くと…それまで以上に豊かな人生が広がっているかもしれませんね。
 
最後に、今回のお話の最中に印象的だった言葉を残します。
“ふさがっているよりも(心を)オープンにしていると、色んな情報も入ってきて。
自分の中で整理していかなきゃいけないんだけど…ある意味、皆が最終的に想っていることは「しあわせになりたい」っていう欲求、になるんですよね。しあわせも、自分だけのじゃなくて家族が、チームが、地域が…て周りの幸せを考えていったほうが倍増していくので…、そこですよね。”
 
次回は裕子さんのお友達、エステティシャンの女性をご紹介する予定です。
どうぞお楽しみに…!
 

工房 恵(水﨑 恵美子さん)

花堂区のご自宅で《工房恵》という看板を掲げ、ガーゼ服や小物などの創作活動をされている水﨑さんにお話を伺いました。
ご自宅へ上がらせてもらうと、手仕事の品がたくさん…!ガーゼのワンピースやカットソー、草木染のストール、着物をリメイクしたバッグなどが置いてあります。

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肌に優しいECO染料で染めた、手作りのガーゼワンピース。

 

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草木染めのストール。左が玉ねぎの皮、右がインド茜で染めたもの。
草木染ならではの優しく豊かな色合いです。
 

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写真は幼い頃の恵美子さんとお母様。
後ろには七つのお祝いに作ってもらったという絹の着物が飾ってありました。
 
 
―もともとモノづくりがお好きでしたか?
 
水﨑さん:好きでしたね。小さい頃からお人形さんの服を作って兄弟で着せ替え人形して遊んだりしていました。以前病院に長く勤めていたので、今使っているガーゼはその縁があって問屋さんから買っています。
病院に行くときも自分の服を縫って着ていったら、それどこで買ったの?ってよく聞かれていて。じゃあコレを自分で作って安くで売ってあげよう、って始めたんですよ。
そしたら結構お客さんが来てね。ガーゼ服は重ね着で年中使えるし、夏はこれ一枚で涼しい。汗をかいてもすーっと吸ってくれて、匂わないの。医療ガーゼは特に良い綿を使っているからね。

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※使われているガーゼは医療用なだけあってとても丈夫。布端もしっかり始末して丁寧に作られているガーゼ服は、10年以上びくともせず着られているそう。
 
―こういったものづくりを初めて、どれくらいになるんですか?
 
水﨑さん:仕事を辞めてからだから、8年目ですね。
最初は分からないし、どんなもんだろうと思ってね。私の作品が通用するのか、一人で東京に持って行ってみたんです。そしたらすごく売れたんですよ。それから自信をつけて作り始めて、その後数年は東京での出品も楽しくて続けていました。
けどもう歳ですからね、趣味の延長くらいがいい。商売にはしたくなかったから。
身体も無理がきかなくなってきたし、もうボツボツやろうと思ってね。 

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皆が来てくれて、おしゃべりして、お茶飲んで…っていうのがいいのよね。
自分が楽しくないと続かないもんね。そうそう、今はお料理もしてるから(※花堂キッチン…地元の女性6人で立ち上げたお料理チーム。平日にお惣菜ものを皆で作って、直売所へ出している)それが結構忙しいのよね、けど皆でわいわい楽しんでいます。
 
―え、そうだったんですね!お惣菜食べたことありますよ~、美味しかったです。
いいですね、皆さんで楽しそう…!
高原には、ずっと住まわれているんですよね。ここでの暮らしはどうですか?
 
水﨑さん:やっぱり、高原は落ち着く。田舎が好きよ、草花育てたりね…。
自然な暮らしがいい。高原の人もすれてないところが好き。素朴ですよね、皆。
あんまり距離が近すぎてうるさいときもあるけれど(笑)
食べ物も美味しいしね、野菜も肉も。
 
―そうですね、自然豊かだと美味しい野菜も育てられますしね。
 
水﨑さん:そうそう。庭の畑もしないといけないのよ~、種をまかなきゃと思ってて。毎日忙しいですよ、一日24時間じゃ、足りない!(笑)
定年になったらゆっくりしようと思ってたのにね~。
けど歳を取ってもこんな風にして出来るって…しあわせですよ、ねぇ。
 

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水﨑さん、ありがとうございました!
 
一見おっとりとした雰囲気の水﨑さんですが「思い立ったらすぐ!うじうじしてないの」と、古希のお祝いにご自身のポートレートを東京へ撮りにいったり、海外旅行へ行ったり…とってもお元気!!
思ったことをすぐ行動に移せるっていうのも、才能のひとつ。
身も心も風通しが良くないと出来ないことですよね。
それに“一日24時間じゃ足りない”…そういう言葉が自然と出てくる日々を送れること自体が、とても素敵なことだと思います。
冬になったら暖かいコタツでゆっくり細々とものづくりしていたい…とは言いつつも、服作りを頼まれたり、お仲間の皆さんとお料理を作られたりなど、きっと色々お忙しいでしょうね。これからも楽しく充実した毎日を過ごされてください♪

 

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まつり高原2018

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85日、高原町総合運動公園にて「まつり高原2018」が開催されました。
台風接近などもあり薄曇りの気になる空模様でしたが、不思議と雨に見舞われることもなく催されました。今年で第50回目の節目だということで更なる盛り上がりを見せたお祭りは、沢山の来場者で賑わっていましたよ~^^
 
お祭りスタートと同時に、会場ステージで次々とプログラムが進行されます。
町内の園児達の踊りや太鼓、キッズダンスやフラダンス…皆さんイキイキとした姿を見せてくれました。

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ステージを観たり、会場をぐるりと囲む沢山の屋台をねり歩き、美味しいものを飲んだり食べたりしているうちに、あっという間にフィナーレの花火の時間です。
鮮やかで美しい花火に、音楽とレーザー演出も加わり会場を更に盛り上げていました。
 
今回初めて高原町のお祭りに参加させてもらいましたが、地域の人達皆で作り上げられている…ということを改めて実感しました。本当に、沢山の人達の協力がないと成しえないことですよね。高原町商工会青年部の皆さんはじめ、関係者・ボランティアの方々など…皆さま本当にお疲れ様でした。高原町の人とのつながり、熱い想いを感じる素晴らしいお祭りでした。

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えがおリレーvo.1 松尾 美智子さん

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たかはるで日々暮らしをいとなむ人々。
その人生やありのままの姿をリレー形式で伝えていきます。
 
トップバッターは「レモン」というスナックの店主、松尾美智子さん。
町の中心部、お酒の呑めるお店が並ぶ場所で30年近く営業されています。
噂によると、誰でも一律2000円(※ビールは別)だとか。太っ腹!
店内もレトロで可愛らしい雰囲気です。

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「今は昼間のお仕事が忙しくてね…」と頂いた名刺の裏には様々な肩書がズラリ~!
 
美智子ママ:忙しくてお店を開けられないこともあるから、休んでいる場合じゃないのよね。けど家にいるよりココにいるほうが楽しい。家にいるとナンヤカンヤ思いついて休めない。
 
―分かります。家に居ると色々気になっちゃって休めないですよね(笑)
 
美智子ママ:でしょ、だからお店にきてね…。誰か来てくださるとうれしいじゃん、ね。楽しいのよここの方が。だからついつい笑顔になってしまうのよ。
笑顔っていってもね、当たり前のこと。
なんで笑顔にならなくちゃいけないのよ、じゃなくてね。
 
 失礼ですが…とご年齢を聞くと「75よ」とニッコリ。
「こないだ敬老会のお誘いも来たんだけどね…ごめんね~って断ったのよ」
…なんだかカッコいい。
 
美智子ママ:忙しいから元気なんだと思うよ。
最近は物忘れも増えてきたけどね~。お店へ上がる階段が、リハビリ(笑)
荷物をもって上がるのもフウフウいいながらね、大変よ~。
今は私一人でしょ、だから最近はお客さんが「ここに水と氷持ってきて~」って
手伝ってくれるの。お店の人じゃない、お客さんが勝手にやってくれるの。
高原の若い人はお年寄りをかわいがってくれるのよね~(笑)
本当にみんなが助けてくれるから…ありがたい。
歳だからといってひがみ根性でなく、甘えるのもいいなと思って。
 
―うん、本当に沢山甘えて下さいね、頼られるほうも嬉しいんだから。
お店の「レモン」ていう名前の由来は…? 

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美智子ママ:レモンっていう名前は、ドイツで「神様にお供えする品物」っていう意味があるの。あぁ、これだ!と思ってね。
これまで本当に、お客さんにお店を可愛がってもらってきた。
3人の子を育ててこれたのも、ああいうバブルの時代だったからこそかな。
だから言ってたの。「あんたたちはお母さんが学校にやったんじゃないからね。
お客さんが行かせてくれたんだから、感謝しやいよ」って。
子供達も大人になってね、帰ってきたらお店に来てお客さんに「いつもお世話になっています、僕たちもお世話になりました」って言うよ。
 
今までね、すごく辛い時期も幾度かあったのよ。
それで苦労がしっかり身についているもんだから、
人にはいいようにしてあげようって。
困った人は助けてあげにゃいかんって。
それがもう、本当にひしひしと自分で分かる。
 
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岡山出身の美智子さんは、以前観光ガイドの仕事や、選挙候補者の応援演説などをされていたそう。その経験があるから、今も自信をもってお店を続けることが出来ている…と話します。
 
美智子ママ:あと10年はお店を続けたい。
出来るところまで頑張ってみようと思ってるからね。
自分だけで頑張ると言っても、お客さんから可愛がってもらえないと
何にもならないから。お客さんにまず感謝。本当にありがたい。
もう本当に、ここに来るのが楽しみなの。
お客さんもね「ばばぁ、肩こっとるど!」ってマッサージしてくれたりね、
優しいのよ。お客さんが「ママは優しいがねー」て言うと、
「うん私優しいの、お客さんに合わせてあるの」って(笑)
 
高原町は大好き。もうここの町が大好きだから、どこも行きたくない。
高原の人は優しいし、怒る時は怒ってくれるし、いい人よ。皆大好き。
ここが好きだからもうどこにも行かない、ここに骨うずめるの。よろしくね(笑)

 

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 美智子さん、ありがとうございました。
 
最初お店へ入りまず目に入ったのは、年季の入ったワイン色のカウンターに
敷かれた、レモン印の手作りキルトマット。
美智子ママの愛情がどこかしこに感じられる店内にいると
自然と心がほどけてきます。
笑顔がステキなのはもちろんですが、初対面にも関わらず気さくに接してくださる
温かい雰囲気…そこはさすが、地元の人達に長年愛されてきたママ!といった感じでした。
 
さて次の方は、美智子ママ一押しの若奥さんをご紹介します。「本当に可愛らしい人なのよ~、是非会ってみて!」と、すぐ連絡して下さり…「ママはお母さんみたいな方だから断れません~」と快諾してくれました。次回もどうぞお楽しみに~!