えがおリレーvo.14 原田優太郎さん

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たかはるで日々暮らしをいとなむ人々。
その人生やありのままの姿をリレー形式で伝えていきます。
今回は第14回目、原田 優太郎さんです。
 

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高原町で生まれ育ち、福岡の専門学校・整骨院で経験を積んだあと、地元に戻り整骨院を開業されました。学生の頃から“枠に収まりたくない”という気持ちが強かったという原田さん。開業後もアメリカの大学へ実習を受けに行ったり等、日々精力的にお仕事されています。

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はらだ整骨院は現在、原田さんご本人と、もう一人の先生、他数名のスタッフで稼働中。交通事故・スポーツのけが、ぎっくり腰などの他、手をふっと上げたときに痛め、それからずっと違和感や痛みが続き通われている方なども多いとか…。
そして一日の患者数は平均100人!
そんな分刻みのスケジュールの中、原田さんが感じるのは「満足がない」ということ。
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原田さん:「この仕事をしていて、“治ったこと”は後に残らないんですね。“治せないこと”の方がずっと残るし、次は何とかしないとっていう責任感がある。満足感が毎回あるわけではないから、終わりがないというか…。一日ずっと患者さんが来院されているので、治ったとしても、喜んでいる時間、余裕がないんでしょうね。やってる以上はこれの繰り返しなのかな、と思っています。」

嫌になったりしませんか?と聞くと、「それはないです。自分でも何で嫌になってないのかわからないけど(笑)」とのお答え。ひたむきに毎日の診察をこなされる様子から、その忍耐力もさることながら、天職に励んでおられるのだろうな…と感じます。

 

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次々と訪れる患者さんと、場を和ませるように会話しながら施術されていました。

 

そんな多忙な毎日の中、休日には趣味のキャンプを楽しむこともあるようで「高原町は人が少ないので、密にならないところが良いですよね(笑)」と、こんな状況下だからこその魅力を明るく語ってくれました。
町の商工会青年部に所属しており、夏の花火打ち上げに対しても意欲的。
今年は延期になっている夏まつりですが…花火の打ち上げ、叶うといいですね!

 

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原田さん、ありがとうございました。

 



 



おてらんば展望台

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 「どう?この景色。私はおてらんばマチュピチュと呼んでるんです」
と嬉しそうに微笑むのは、展望台の発案者である小久保幸一さん。役場職員を退職後、観光協会勤務等を経験し65歳から鹿児山地区の区長を務めています。

高原町を鼓舞するようなことがしたい!”と「感動・歓声・感嘆」をキーワードに、アジサイロード作り、地区の高齢者見守りとしての黄色い旗活動等、最近では景勝地を生かした「おてらんば展望台」を立ち上げました。

 

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梅雨気分を優しく彩る アジサイロード

野尻方面から町内へ続く道沿いに植え付けられた紫陽花群。
運転の傍ら、しとやかなその姿がふわっと目に入ると、梅雨の鬱々とした心も優しく和んできます。これらは全て4年前に美郷町から貰い受けた枝を挿し穂した賜物。1300本から始まり、その後も毎年挿し穂を続けて現在は2000本。最初は数名程度だった協力者も、花が増えるとともに今年の草刈作業では55名もの方が集まりました。「人に何かを強制したところでうまくいかない。皆の心が変わってきたんです。そういうプロセスを大切にしたい」と話す小久保さん。
県の土木事務所が毎年8月に行う草刈りも、今年は6月に時期を早めてくれた。紫陽花がきれいだから…と配慮してくれたのかもしれない、と目を細めます。地元住民の方々の心で彩られたアジサイロード、また来年どんな姿を見せてくれるのか楽しみですね。

 

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展望台で景色を眺める小久保さん。「うちの嫁さんは、“もうこれ以上何もしないで”と女性独特の感性で言うんですねぇ」

 

おてらんば展望台
 
岩瀬川を眼下に一望できる高台にある「おてらんば展望台」は、高原町野尻町を結ぶ梅ヶ久保街道として賑わった場所にあります。当時、旅人が休憩してお茶を飲んだと言われている「御茶屋場」(おちゃやんば)という地名から名付けられました。

小久保さんの幼少期にはまだ見晴らしよくみえていたこの景色も、最近では山の斜面の樹木が大きくなるにつれ見えなくなってしまい…そんな記憶と共に薄れかけていたこの場所と再び向き合うきっかけとなったのが、一枚の古い写真でした。去年8月に20年前のおてらんばの写真を偶然目にする機会があったのです。

 
小久保さん「その写真を見て、こういう景観を見られないのはもったいない!と、すぐ土地の所有者に了承を得て翌9月から斜面を切り開き始めました。そうして行動していると、樹を切る人や整地する人‥地元の方々がほとんど無償に近い状態で協力してくれたんです。」

その後、町からの補助を受けて桜やハナミズキ等を植樹。展望台の情報を知った高原町内外の方々から紫陽花等の寄付があったり等、どんどん彩りを重ねていくおてらんば展望台。美しい景色をゆったりと眺めて愛でる…自然豊かな町ならではの贅沢なひとときではないでしょうか。

 

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駐車場から降りて奥に進むと、景色を一望できる休憩所があります。植樹された樹々の成長とともに展望台の進展が楽しみですね。

 

0から1へのエネルギー 
 
このような活動を続ける小久保さんが感じるのは「人のつながり」の不思議。自分が動き始めて、最初は外から眺めるだけだった人達がそのうち仲間に加わり、どんどん人の輪が広がり形になっていく。
 

小久保さん養老孟司さんのベストセラー「バカの壁」の文章にこんな言葉があったんです。“物事を起こす時は、0から1へのエネルギーが一番必要”と。
人から何を言われようが何とかスタートして、0が1になった時。そこからは2、3、4‥とその後の後押し、玉転がしのように皆で力を合わせて‥あとはもう速いんですよね。
そして僕は他人に強制は100%しないし、他がやっているからやる、ということも無い。ただ地域にある特性を再構築したりして引き出していけばいいわけですから。一石を投じた輪立ちの原点が鹿児山地区になればいいなと思っているわけです。」

 

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玄関先に毎日旗を掲げることで安否を確認する「黄色い旗」の活動は、高齢者の「無縁」「孤立」を防ぐため。誰もが気軽に声を掛け合い、そっと見守り、必要な時は助け合う地域づくりを目指している。

 

高原町を盛り上げたい”その一心で行動されている様子を見て、その原動力を聞いてみると「なんで、悩むことがあろうか~!そのうちに…と言ってると、延々と引きのばして、そのうちに墓標が立つ。というんですよ」と笑います。
「あぁ、、そうですよねぇ」と“そのうち”を日々乱用しているような私…撃沈でしたが(泣)本当にそう、何もせずただやり過ごすより、行動して失敗でもした方がまだ得るものがあるんですよね。小久保さんの瞬発力を見習って、いつでも行動できるように心を整えていこう…!と思うのでした。

 

 

〜移住後の生活〜狩猟は自然への入口

“自然豊かな場所で暮らしたい、けれど生活をどうしていこうか…” 


移住をお考えの方は年々増えているようですが、実際には明確な目的やキッカケがない限り、中々行動に踏み出せない部分もあると思います。移住相談会などでは各自治体が魅力をアピールしますが、本当に全国各地それぞれの良さがありますし、漠然と迷いだすとキリがない気もしますよね。

今回ご紹介する西田さんは、なんと移住先に一歩も足を踏み入れず、ポーンと高原町へ移住してきたという稀有なお方。6年前に高原町出身のご主人と一緒に、関東から移住してきました。
元々自然に対する想いがあったようですが、ふいにご主人から「地元に空き家がある」との話を受け、ピンときて移住を即決。それから2週間ですべてを片付け(!)高原町での生活をスタートさせます。

 

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最初は草ぼうぼうだったという家を住みやすく改修することから始まり、期待に胸膨らませていましたが…「はじめの3年間は理想と現実のギャップが凄くて泣きながら暮らした」といいます。そんなネガティブな時期を変えるキッカケとなったのはニワトリ、そして狩猟…!?
移住について、現在の暮らしのことなどを中心にお話を伺いました。(実は彼女とは保育園のママ友。文章に親和的な印象を持たれるかもしれませんが、彼女の魅力が伝われば幸いです。)


西田さん:小さなころから「自然の中で、もっと自由に遊べたらいいのにな」という想いや世の中に対するちょっとした違和感みたいなものがあったの。
当時よく遊んだプレーパークでは木登りOK、穴ほりOKって感じだったんだけど、その場から外へ出た瞬間にそれらが禁止される、そういうことを子供ながらに「何でだろう?」って。“登っちゃいけません”の場所が、私は登りたいところだったから。

関東で暮らしていたときは、とにかく自分の世界を狭く感じていて、もうちょっと自然の多い場所、東京みたいに人が溢れていない場所で、自分らしいベストな生き方ができるんじゃないかなとしみじみ感じていた。
そんなとき、夫(当時はまだ未婚)の地元である高原に空家があるよっていう話にピンときて。「どんなとこなの?」「うーん…、今草ぼうぼうだと思うよ」「めちゃくちゃ良いじゃん!」…それから2週間後、高原に来た(笑)
けど本当に住める状態じゃない家で、それを直しながら暮らし始めたのが、ほんとに高原生活のスタートだった。

 

そんな風に前進し始めた西田さんですが、そこから4年目位までは悶々と揺れる日々が続きます。東京に帰ることはほとんど無かったそうですが、「自分の考えがいかに浅はかだったかがすごく分かった時期だった。明確なイメージがなくて、本能的に動いちゃったからね。」と振り返ります。

 

西田さん:そのうち郵便局の何かで、花の種をもらったの。興味なかったんだけど、とりあえず撒いてみよ~ってパラパラしたら、時期がよかったのか、ちゃんと芽が出たのよね。
「芽ぇ、めっちゃ出た!!」と思って、座ってぽけーと見ていたら、本当に軽―く、ふわぁっと地面から出てきていて。“あぁ、でも根を張るって案外難しいことではないのかな”って、ふと思えたのよね。

今まで、ああだこうだと不満ばかり抱えていたけれど、このままだと私は一生この土地を好きになれないし、自分からは何も生み出せないだろう。じゃあ私のやりたいことは?何のためにここに来たんだろう?って考えて。そうしたら…やっぱり子供がもうちょっと、のびのびと過ごせるのがベストなんじゃないかと思い始めた。

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自宅周辺は自由な遊び場!最近はヤギやウサギも仲間入り。

それから、めんどり家(※鶏料理・卵専門のお店)のおじちゃんに、「お前はたぶん都会に慣れすぎてるから、固定観念が外れない限り無理だと思う。とりあえず鶏を飼って、毎日観察してみなさい」って言われたの。なんでもいいからノートに書いとくといいって。それからとりあえずノートに書くようになった。しょうもないこと…「今日は鶏が○○してました」をただ書いてたんだけどね(笑)

 

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敷地内で平飼いされている鶏達。土を踏みしめ虫をついばみ、見るからに健康的!

そのうち鶏が増えてきて、「増えたオスは食べればいいんだよ。循環させればいいんじゃないの?」っておじちゃんに言われて、鶏をさばくようになった。
そうしたら今度はスーパーの価値について改めて考えるようになった。ハウス栽培の野菜にしても「今の時期にこの野菜があるのは、どういうこと?」とかね。それまではお金で買うのが当たり前の生活だったけど、それらのものって自然のものですら無いんだ…ってことを、改めて思い知らされたりして。

テレビとか、外からの情報が強いと“実際に自分の目で見てやる”っていうことが凄く少なくなるなって思ったのよ。それまで周りからの情報があまりに多すぎて、気づけなかったんだよね。お金を出して物を買うこと=生きる術、だったからね。

 

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自分の生き方を模索するように、日々試行錯誤しながら、着々と行動してきた西田さん。“鶏の生きる姿を観察する”そこから自然界へ心が開かれていったように感じます。そして最近は狩猟免許を取り、師匠と山へ入り、鹿や猪をさばくまでになった彼女。自分の手で動物を殺め、その命をいただく。自分ではまだ想像することでいっぱいになるような領域ですが、狩猟するきっかけ・動機を聞いてみました。


西田さん:きっかけは、役場の階段に貼ってあった狩猟免許のポスターかな。私自身、自然にかかわる物事には大半興味があって、それらを一通りみておきたい気持ちがあった。それに狩猟を始めたら、生活が循環していくようなイメージが湧いたのよね。
鶏のさばき方を教えてもらって、卵も自分で採れるようになって。スーパーに並んでいる肉がどういう状態で育てられて、何を食べているのか。“国産だから良い”とかの、商品ラベルの情報だけで選ぶことに対して徐々に違和感が出てきた。自分で育てて食べる…という一通りのことをしてみたら、不確かなものを買って食べるということがすんなり出来なくなってきてしまったのよね。

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箱罠を仕掛ける。周辺には猪が鼻で草をしならせた円状の跡があった。

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国有林へ入ると、時々獣道なるものが見つかる。動物の動きを読みながら罠を仕掛ける。

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見定めた場所に穴を掘り、罠を仕掛け、辺りの土をかぶせて完成。敏感な動物達はわずかな匂いも嗅ぎ分けるため慎重に作業を行う。

西田さん:たぶん自分にとって、狩猟することの主な目的はお肉ではなくて、(自然への)入口なんだよね。今まで外からみてきた自然だけど、狩猟を通して嫌でも山に入るでしょ。
虫とかヘビは凄く嫌いだし(笑)ドキドキしながら山中へ入ってるんだけど、それで手つかずの自然から得られるものがある。今まで簡単に入れなかった山中に、ちゃんと許可を取って入らせてもらえるし…いろんな意味で“入口”かなと感じてる。
今は植物に対しても興味が湧いてきていて、狩猟は生活の一部としてとらえてる。自然からもらえるものは、もらって暮らしていきたい。そうしていきながら、将来は自分の手元にあるものだけで生きていくのが目標。最初高原に来た時はなかった目標が、今はあるのがうれしい。ここからだと思ってる。

 

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西田さん、ありがとうございました。

 

エネルギッシュでさばさばとした性格の彼女。色んなことに興味を持って、無理なく向き合う姿にこちらまで元気をもらいます。何をするでもなく家の外で焚火したり、自然の中で遊びまわる子ども達を眺めながら「こういう時間が本当にしあわせだよね~」としみじみ話していると、あっという間に日が暮れていく。こういう感覚はお金に代えがたい、贅沢な時間だと感じます。そして移住後、少しずつ自然と調和した生活を送れていることに、じわじわと感謝の気持ちが湧いてくるのです。

“直感で行動して、どうするかはその後の風向き次第。なるようになる!” 
“問題が起きたとき、そこで悩んで学ぶことがあれば、それはそれでいいんじゃない?”
彼女の姿からはそんな心意気を感じます。もちろん、行動を起こす前にいろいろ悩んで決めるのも安心ですが、思い切って動いてみるのも刺激的で楽しいかもしれない…!物事が連鎖していき、どんどん目の前の世界が広がっていく彼女の様子を見てそう感じるのでした。

リハビリケアセンター音いろ

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広原小学校の近くにある「リハビリケアセンター音いろ」は、身体が思うように動かない方々が安定した生活を送れるように支援するデイサービス施設です。
道沿いに建てられた新しい施設を見て、どういった場所なのか気になった方もいるのではないでしょうか。
施設長の末山さんは、理学療法士として宮崎市内の病院でリハビリの仕事や訪問サービスなどの経験を積み、“生まれ育った場所に恩返ししたい”との想いから、去年の2月に地元の高原町でリハビリケアセンターを開業しました。

 

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―この仕事を選んだきっかけ、内容について教えてもらえますか?

末山さん:元々親戚がリハビリの仕事をやっていたので、自然と興味を持って入りました。基本的には医療的な勉強全般をしていきながら、病気になった人がどういう方法で普通の生活にもどれるか…というところを診ていく流れになります。

体に触れて、こういう所を強くしていきましょう、体を柔らかくして、動きやすくして…とか。痛いところがあれば痛みを軽くするような動きを指導したりしています。
加えて今は、年齢とともに落ちていく体力を維持するために運動しましょう、
という予防リハビリもやっていっているところです。
病気じゃなくても体力は落ちていくし、部屋にこもりがちになる前に、こういう場所に来ていただくことで、その他の認知症なども含めトータルにみていくことをやっています。

 

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折り紙を折ったり、機械でトレーニング等…施設内にはリラックスした雰囲気が漂います。

 

施設自体は介護保険が使えるので、基本的には40歳以上の方が対象になりますが、リハビリに関しては、0歳~100歳超えまで年齢問わずにやれることです。自分の経験でも、生後3か月からリハビリを始めた人もいます。

―生まれてすぐの方の症状はどういったものだったのでしょうか?

末山さん:生まれてすぐの場合は、具体的にどこが悪いとか、判断が難しい場合が多いのですが、脳や心臓の障害があることで、体が硬くなって動かせないことが一番多いです。
なので直接さわって、動かしてあげます。年配の方に関しては、できないことが増えてくる感じになるので、動かせるところは動かしてもらい、できない部分をアシストする。なるべく自分でできることはやっていきましょう、という指導になります。

 
―現在は、どういった方々が主に利用されていますか?

末山さん:うちに来ている方々は、60歳前後~80歳前後の方が多いですね。
やることは個人それぞれのメニューで変わってくるのですが、いちばんは体を動かすこと、その次は脳のトレーニング、計算問題をしたり言葉の勉強をしています。
なるべく身体の機能が落ちないように予防すること、落ちてきたところは持ち上げる…という感じでしょうか。
 
ずっと在宅をまわっていた時に感じたのが、やっぱり病院生活は嫌だという方が多いことでした。できる限り家で生活できるように、手助けになるようなことができれば…と思っています。こういう所に来て、身体と頭を使って、自分でできることはやりながら、楽しく生活していきましょうということです。
 
―こういう場所にきたら、一人でやるよりも楽しく続けられそうですね。
 
末山さん:ですね。遊び感覚で、頑張りすぎないことが大切だと思っています。
楽しくないと続かないし、ね。長生きするために頑張るっていうのも…もう皆さん頑張ってきているんですから。やれやれって言われてやるのは、自分でも嫌だしね。
本当に楽な気持ちで、楽しく、長生きをしましょう。というシンプルな想いです。

 

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末山さん、ありがとうございました。

 

きりしま食堂

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高原町役場のすぐそばにある、きりしま食堂。
ご主人の山口豊徳さんは、大阪で料理人の修行をした後に奥様の陽子さんと出会い結婚、その後お店を開業しました。
今年で創業56年目!隣では奥様が美容室を営んでおり、夫婦二人三脚でひた走ってこられたのだろうな…とお二人の努力、月日の経過に感じ入ってしまいます。最近はどちらのお店も営業時間を14時までに短縮しており、店じまいの後夫婦2人で買物へ出掛けるのが日々の楽しみだそう。
 
陽気な笑顔がステキなご主人。お店へ入って少し言葉を交わしたと思いきや、ささっと手品を披露したり、冗談を言っておどけて見せたり…。そのまろやかな雰囲気にすっと包み込まれます。ちょうどお客さんと居合わせていた奥様の陽子さんも一緒に、いろんなお話を聞かせてもらいました。


女は強いようでいて弱い 男は顔は厳しいようでも心は優しい
 
最近夫婦で話すのは、お互い思いやりを忘れずに長生きしようということやね、とご主人。奥様が心臓を患ったこともあり、日頃からの気遣いを欠かしません。
「朝から晩まで笑っちょる、それと妻を大事にする」 との言葉を受けて
「うちは世界一かも知れん・・」 と続ける奥様。

 

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自宅裏の菜園にて、ぐんぐん伸びているエンドウ豆。
 

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絵描きが趣味の豊徳さん、絵の中にこんなイラストを発見。
温かみのある夫婦画、あふれる愛情にほっこりします。
 

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店主おススメの「あんかけ焼きそば」テイクアウトもできますよ~!

 

「私の身体が悪いからと、いつも自分のものは買わずに私にくれる。
サプリはダメだ、口からちゃんとした栄養を取るんだと、
畑で育てた生野菜や果物を毎日用意してくれる」
 

それ以外にも、歌が大好きな奥様の声を編集した曲をドライブ中にかけて元気づけたり…等、、それはそれはため息が出るくらい愛情たっぷりです。
「若いうちは思わんですよ、年をとってからやね」と照れ臭そうに笑うご主人。
それを聞いてちょっとホッとしましたが(笑)
話を聞いているこちらまで幸せ気分になります。

 

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咳一つで体調がわかる。これは肩こりの咳やな、とかね。
けどウチんとは逆。私が咳すると「せからしぃが!」てね笑(豊徳さん)
 

男はお洒落とかそんなもん、どうでもええ。清潔であればいい
 
「立派なお店ではないけれど、いつ保健所の人がきてもいいくらい衛生的なのよ。
清潔が一番ですよね」と奥様。ふと店の奥にある厨房に目をやると、すっきりとした空間にピカピカのシンクがちらり。
わ、本当にきれい…と見とれていると、間髪入れずに「私はハゲおじさんです」とおちゃらけて見せるご主人。きりしま食堂、実は宮崎県で表彰されるほど清潔ピカイチの食堂なのです。

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隙あらば…という感じで、さっとキレよくおどけて見せるご主人。
こんな風に軽やかに年を重ねていけたら素敵だなぁ。

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常連客の方おすすめのトンカツ定食。「お漬物がおいしいのよ~」とにっこり

 

自分の欲ばかり考えたら必ず不満になる。いつも感謝を忘れずにいたい

ご主人は幼少時代に貧しさを経験したおかげで、贅沢ができない、毎日食事ができるということだけでも本当にありがたい、幸せなことだと言います。

豊徳さん「人の文句言うのは簡単じゃ、みな長所・短所あるわけで。それでもなんか嫌なことあった時にはね、貧しい人達の事を思うわけ。1日にパンの一欠片しか食えない人もいるのに比べたら、私は幸せじゃわーて。そうすると安らぐがよ。自分の欲ばかり考えていたら、結局は必ず不満になる。」

陽子さん「そういう考えでいるから、逆に恵まれてくるのかな。それにもう今の時代は、昔みたいに義理とか持たずに割り切らんといかん気がする。
できることはしても、見返りの気持ちは捨てないとね。自分ももう歳だし、今日を大切に楽しく生きようって。周りことを色々言うよりは、自分たちの考えを変えていかないと良くならないと思うのよね」

 
淡々と言葉を交わし合うおふたり。
長年連れ添ったご夫婦ならではの味わい深い会話に聞き入っていると、時間はあっという間に過ぎていきます。そんなご主人達の雰囲気に癒されるのでしょうか、一日中居られるお客さんもいるとか。私もすっかり心洗われるような優しいひとときを過ごさせていただきました。
 

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豊徳さん、陽子さん、ありがとうございました。







  
 

しばらくお休みいたします

 フリーライフたかはるをお読みいただき誠にありがとうございます。

 2018年7月より記事を投稿してきましたが、担当が産休に入る為、今回の投稿を区切りにお休みとさせていただきます。

 復帰後の投稿がいつになるが分かりませんが、お待ちいただけたらと思っております。
 

合同会社 米夢

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10年前に鹿児島市から移住された追立隼嗣さんと、プロの米農家である有水耕治さん。お2人によって設立された会社「合同会社 米夢(まいむ)」では“特別栽培米”(※農薬・化学肥料の量が通常の栽培方法と比べて50%以下に抑えて作られたお米のこと)の生産・販売をしています。
少しずつ販路を増やしていく中、最近では「きりしまのゆめ」として商標を取り、ブランド化に向けて動き始めているということで…今後の展開が期待されるところです。
 
そしてお二人は家族でも親戚でもない、全くの他人同士。
一体どういう流れで一緒に米作りをするに至ったのでしょうか?
まずは鹿児島でのサラリーマン生活から一変,、農業を始めた追立さんにお話を伺いました。
 
―何がきっかけで高原町へ移住されてきたのでしょうか?
 
追立さん:最初は近く(高崎町)にいる親戚が経営しているきのこ園で農業の勉強をしようと来たんです。そのうちに高原町にある杜の穂倉で仕事をするようになりました。鹿児島でサラリーマンとして働いていましたが、自分には合わなかった。今思うと(サラリーマン時代が)楽は楽だったんですが…、妻の理解も得て移住し、もう10年農業に関わってきています。
こっちへ来てからは、せかせかしていた性格が落ち着いてきました。好きな事をしているのもあるけれど、自然の中で仕事をすることが、やっぱり自分には合っています。
この辺の人達も皆ゆっくりしていて親切ですしね。
 
そうなんですね。これまで農業に関わりながら、自然の中に身を置いてみて…
実感として、どうですか?
 
追立さん:大変は大変ですよね。サラリーマン時代は時間や人間関係、ノルマに追われる感じでしたが、今はこちらの思い通りにならない・出来ない “自然” が相手ですからね。
一生懸命やるんですが、自然環境に対して基本人間が出来ることは…限界があります。そこをどうやってうまく折り合いをつけながらできるのか、ですよね。
土地や自然に「生かされている」という感じなので、その辺が難しいと思います。

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―「生かされている」というのは 、自分が生かされているっていうことですよね?

 

追立さん:だと思います、そう感じます。土地があって作物が育ち、自分達はそれを収穫して生きていますもんね。水も自然の湧水なので、季節によって多少の差がありますから、思い通りにはなかなか…。

 

―思い通りにいかない、ていうのも結構な学びですよね。私は子育てを通してそれを実感しましたが… (笑) 

 

追立さん:そうですよね。自然を前にしての無力感というか、本当に自然の一部なんだなと思いますね。生かされていること、感謝の気持ちが実感としてすごくあります。今は自然の中で暮らせていることがいい。サラリーマンに戻りたいとかは全く思わないですね。

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会社周辺の景色。霧島山の下に広がる田園風景が清々しい。

 
現在、家族4人で暮らす追立さん。高原町で6次産業を学ぶために仕事をしていた最中、米農家であった有水さんの学習塾に娘さんを通わせ始めたことがキッカケとなり、二人は意気投合。「そんなに農業が好きなら一緒にやらないか?」との有水さんの誘いを発端に、二人で会社を立ち上げる運びとなります…。
後日、有水さんにもお話を伺いました。
 
有水さん:自分の子ども達はそれぞれの道で自立してる中で…これから先のことを、どうするかな~と考えてはいたんですよね。
“会社組織をつくりたい”という気持ちはずっとあったんです。そうすれば、自分に何かあった時に嫁さんを食べさせていけることはできる…というのがあったから。
 
―そんな最中で追立さんとの出会いがあり、会社を設立という流れになったんですね。
 
有水さん:農業は、自分で計画してやっていけるところが良いんですよね。雇われて、ただ言われたことをしているだけだと面白くないから、互いに同じ立場でできるやり方でやりましょうと。僕にただ言われてやっても、農業の良さが分からないですからね。

 

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―お互いを尊重し合いながら、一緒に仕事されているんですね。

 

有水さん:うん、すごい子やから…あの子は本当にいい子だからですね。うちの子ども達もすごく感謝しています。“追立さんが来てくれて良かった”って喜んでいますよ。戦後開拓で親父が開いた土地だから、潰したり、他人に渡す…というのはやりたくなかった。土地を売る、というよりも貸すという形が精いっぱいだなと思っていたんですよ。だから会社を作って、会社に土地を預けるという形を取れば、土地を売らなくて済むかなと思っていますけどね。今は二人でやるにも手が足りないほどになってきているので…経営的にはそんなにいい訳ではないですけど。

 

―いい形で道が開けてきているんですね。“合同会社”ということですが、お二人の役割がそれぞれあったりするのでしょうか?

 

有水さん:そうですね、どういう風に販売しようかとか、常に一緒に相談しながら何でもお互いに意見を出し合って進めています。自分としては、これからは彼がとにかく中心になっていかなきゃいけないから、ゆくゆくは新しい機械をいれて、自分はサポートに回るような感じにしていきたいと思っていますね。

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―追立さんと、有水さんご夫婦。ありがとうございました。

 

これからも高原で米づくりをしていき、お米を柱にして6次産業にも取り組んでいきたいという意気込みの追立さん。ただ現在、人手不足なのだそうで…農業の好きな方、興味のある方に是非来て欲しい!ということでした。
 
縁…って不思議ですよね。お二人共最初は全くの他人同士でしたが、ふとしたキッカケで出会い、そこから深い信頼関係を結ぶまで…そんなに時間を要していないように見えます。それがお互いにとって、まさに偶然であり必然だったというような物事の自然な流れの中、互いに協力し合いながら夢実現のために日々奮闘されています。
物腰柔らかく優しげなお人柄ですが、実はしっかり者で真の強い追立さんと、経験豊富な広い心と包容力でどーんと構える有水さん!といった感じで、とてもいい雰囲気のお二人。
そんなお二人が夢を持って一緒に進んでいく様子を見ていると、きっといずれまた素敵な縁が広がっていくんだろうな~という予感がしてくるのでした。
 

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